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December 25, 2006

NODA・MAP第12回公演『ロープ』

弱小プロレス団体を舞台に「力」について描いた話。

弱小プロレス団体の二代目ヘラクレス・ノブナガは引きこもり。何とか引きずり出してリングに上げようとするタッグパートナーと団体所属のレフェリー、話を聞きつけてスクープをものにしようとする弱小ケーブルテレビのディレクター一行、そこにリングの下に住む未来から来たコロポックル・タマシイが絡んでいく。

ノブナガはプロレスが八百長であると知って絶望し、本当の強さを見せようとリング上で相手を傷つけてしまう。
リングの中(『ロープ』の中)は治外法権と罪に問われなかったばかりか、相手を傷つけてしまった映像がケーブルテレビによって流され、より過激な映像を求められていく。

過激な映像の免罪符として、悪役レスラーの暴力に対してノブナガの強さを求める純粋さは「正しい力」として位置づけられ、「力」は人を殺すことのできるものとしてエスカレートしていく。

その行き着く先として、人を殺しても罪に問われない戦争をロープの中の戦いになぞらえ、ベトナムの悲劇を描いている。

元より圧倒的なテキストが売りの野田秀樹の作品なのだけれど、ベトナム戦争が出てくると、押井守作品のようでもある。
そういえば、大塚英志の『多重人格探偵サイコ』も暴力描写の向こうにはベトナムがあったなと思い出しもした。

プロレスに関して言えば、冒頭は「フェイク(=八百長)」と「リアル」を対比させていたようだったけれど、ロープの中を治外法権(=何でもあり)としたことで、その対比が曖昧になってしまったように思えた。
「フェイク」を悪として嫌悪する純粋さを賛美するのは一見正しいように見えるけれど、その純粋さが暴走を引き起こすというメッセージであるのであれば、その対比はもう少し鮮明にしてもよかったように思えた。

とはいえ、素で観るのであればとても耐えられないようなベトナムの惨劇を、プロレスからの流れで目を背けさせることなく描ききっているのはさすが。
冒頭から、300余りの人の名前が並んだ背景が何を意味しているのかとずっと気になっていたが、描写がベトナム戦争になったところで謎は氷解した。

役者陣では藤原竜也が決して立派ではないけれどプロレスラー役をこなし、芸達者なところを見せている。宮沢りえは相変わらず細っこいけれど、痛々しさはなくなっているのでよしとしたい。

~2006.12.24 シアターコクーンにて~

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