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June 12, 2007

石田 雄太: 屈辱と歓喜と真実と―“報道されなかった”王ジャパン121日間の舞台裏

2006年3月に開催されたWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)日本代表を描いたドキュメンタリー。

韓国に二度敗れ、不可解な米国人審判の判定、一度は諦めかけた準決勝進出、韓国に三度目で雪辱、アマチュアNo.1キューバとの決勝を制して優勝した第1回WBCにおいて、日本代表の中で何が起きていたのかを丹念に追っている。

石田 雄太: 屈辱と歓喜と真実と―“報道されなかった”王ジャパン121日間の舞台裏

石田 雄太: 屈辱と歓喜と真実と―“報道されなかった”王ジャパン121日間の舞台裏

そもそもWBCはどういった経緯で開催されたのか、なぜ3月という時期だったのか、日本プロ野球界はどう取り組もうとしていたのか、そもそも出場する気があったのか。
優勝したことで忘れていたそうした諸々の事情も思い出させてくれる。

また、そうした事情はどうあれ、国別の対抗戦、国際大会に出場すると決めた以上、勝利を目指さなければならないが、果たしてチームは勝利を目指す体制ができていたのか。
国代表として勝利を目指すもの、メジャーへの移籍を見越して顔見せと考えていたもの、出場の機会が期待できないとモチベーションの上がらないもの、そうした選手たちの姿も描いている。

そもそも、代表選手は各チームでは中心選手として活躍しており、控えに回ることや送りバントなどチームプレーを強いられることは少ない。
そのための精神的ケアはなされたのか、十分だったのか、その点についても本書では指摘されている。

総じて言えば、日本代表として自覚のあったのはイチローの他、宮本や松中などオリンピックの経験のある選手であり、彼らの取り組みによりチーム内のコミュニケーションが図られ、チームは勝利に向けてまとまった。
一方、コーチは日本代表として戦った経験(選手としても)のある人材はおらず、一人はコーチ経験すらなかった。
それでも、選手たちは実力を発揮し日本は優勝した。そういうことだ。

考えてみれば、プロ野球は国際大会とはずっと無縁でいた。各年代の国際大会にしてもオリンピックにしても、日本代表はアマチュア野球の選手で構成されていた。
最近でこそオリンピックはプロ選手も参加しているが、4年に1回のことであり、その経験が継続的に生かされているとは言い難い。
そもそも、オリンピックの野球競技は次の北京大会までしかない。

そのため日本代表として試合のしたことのないプロの一流選手がいきなり国の代表として放り込まれることもあり得る。
選手はそれでも同年代に何人かは代表経験者がいるが、コーチ陣はまったく経験のない者もいる。

サッカーでは、各年代に日本代表があり、プロ選手もクラブチームとは別に絶えず日本代表で戦うことを意識し、コーチ陣も専任のスタッフが対戦相手も含めて勝利に向けて努力している。
それですら十分とは言い難いが、少なくともそうした体制が認識されている。

野球はこのままで本当に勝てるのか。
今回勝ったから良いのか、同じやり方で次回も勝てるのか、そうした議論が優勝によってなされなくなってしまっているとすればもったいない。
そんなことを真剣に考えさせられる本。

増刷もされているようだが、残念ながら近くの書店では見かけないのはもったいない。

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